「美徳の不幸」

Les Infortunes de la Vertu


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後の「ジュスティーヌ」や「ジュリエット」等の大作を生みだす先駆的な作品として、重要な位置を占める中編。興味深い点は、後の大長編群では定番となっているリベルタン達の長々しい哲学論議がまだなく、ラストもサドの哲学大系の"良心"の部分が全面に表れた締めとなっていることである。基本的にサドの文学は決して人を不幸にするものではなく、ネガティブな創造から現実に何らかのポジティブな精神を生みだすパラドックスなスタイルである以上、この一見偽善的とみえる結末の表現も全くの嘘とは思われない。しかしサドがこの中途半端なスタイルを生涯続けていたら今日の成功が有りえたわけもなく、デビュー作の「司祭と臨終男の対話」からすでに確立していた彼の哲学体系の内から、この良心の検問がいつごろからどのような形で深層に沈み、後期の「アリーヌとヴァルクール」や「悪徳の栄え」等の大作につながったのかも、面白いテーマといえよう。少なくとも「アリーヌとヴァルクール」の2巻に出てくる美徳の国"タモエ"で表されているような"良心"とは、180度違ったものであることは明白である。が、関連づけて考察してみることは全く意味のないことではない。

(ザッピー浅野)





"私はサド侯爵とゆうよりは、 翻訳した澁澤龍彦氏を敬愛しています。"

・・・Mami


関連リンク

Les infortunes de la vertu(仏語のオンライン・テキスト)


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